追いかけっこの勝負の行方 サンプル

レオナが失踪する両片思いラブコメ小説
※ジャックの家族設定や卒業後の進路等をまるっと捏造。
※Twitterで呟いていた妄想を下敷きにしているのでそちらで最後の展開まで出しています。

「好きです、付き合ってください」
「……は?」
 突然の呼び出しに、決闘でも吹っかけてくるつもりか、と笑っていたレオナは、その呼び出してきた相手――ジャックがその大きな口から紡いだ言葉にぽかんと間抜けに口を開けた。
「…………そりゃ、買い出しに」
「違います。コントでもないっす」
「そりゃあ本当にそう思ってたら、相手になんかしねぇよ」
 呆れたようにレオナは半眼でジャックを見やる。その瑞々しい若葉のような色の瞳を見返して、ジャックはそれならばともう一度思いを伝えるべく口を開こうとし――パタパタと手をふるレオナによって言葉を遮られた。
「暑っ苦しい視線をそんな風に向けられて、言葉の種類が分からないほど鈍いわけじゃねぇが……なあジャック。お前、俺の立場ってヤツはわかってるか?」
 そのまま唐突に投げかけられた問いに、ジャックは首を傾げる。
「えっ? 立場……NRCの三年で、俺たちサバナクローの寮長……?」
「ハッ」
 大柄でどこか威圧的にも見える風貌から紡がれた素直な答えにレオナは破顔した。
 なぜ笑われたのかわからないとばかりにジャックがぱちぱちと目を瞬きする。間違ってはいないはずだ。
 談話室のソファにどさりと腰をおろした相手を、困惑の色を浮かべたまま見下ろせば、レオナはまだ喉を鳴らしながら、薄く細めた視線をジャックに戻してきた。
「まあ、そうだな」
 長い前髪をかきあげて、レオナは口の端を吊り上げる。
「お前が四年後に、おんなじ事を俺に向かって言えたら、付き合ってやるよ」
「四、年後……」
「っはは、十六歳のパピーには遠すぎるか?」
「俺は子犬じゃねぇ! 四年後、っすね。絶対忘れないでくださいよ!」
 からかい文句に、がるるとって見せてから、ジャックは先程までわずかに残っていた緊張を解き嬉しげに笑う。狼の獣人属である彼には、四年後も思い続けている自信があった。
 勝ちの見えた勝負だ。結果がわかりきっているのだから、今オッケーしてくれたっていいのに、と思いながらも、四年後という期限にジャックは勝手に自分が今の彼と同じ年齢になるまでということなのだろうと推測した。
 嬉しそうにブンブンと尻尾を振って、それまでにもっと相手に近づけるように頑張らなければと気合を入れ直しているジャックは、レオナの視線がついと自分から逸らされた事には気付かなかった。


 ジャックの告白は突然だったが、それ以降も二人の関係が変わることはなかった。彼らの距離は近づくでも、さりとて遠くなったわけでもなく、ただ以前と同様に一寮長と、少しばかりそのお気に入りであるデカイ後輩のままであった。
 唯一なにか違うものを嗅ぎ取ったのは、察しが良く彼ら二人共に距離が近いラギーくらいなものだったが、わざわざ彼がそれを指摘するなどという金にも身にもならない事をする筈もなく。彼らはいつも通りの日々を過ごしていく。
 そうしてジャックは順当に、レオナはようやく学年を重ねていき、告白してから一年と少し経った頃、レオナは二歳年下の同級生たちと共に卒業証書をその手に収めていた。
「卒業おめでとうございます、レオナ先輩!」
 式典が終わったあとざわめきの中で一人寮に戻ることもせずにぼうっと立っているレオナを見つけ、ジャックは式典服の裾をさばいて駆け寄る。
「ジャック」
「あの、そういえば卒業後の先輩の進路、聞いてなかったと思って」
「進路? ……ああ」
 一年以上前の告白に返された言葉を実行しようにも約束の期日にはレオナはもちろんジャックとて学生ではない。じっと想い人を見つめれば、レオナはその視線を笑いながらマジカルペンを握るとジャックの腕を掴んだ。
「手、広げろ」
「はい?」
「……俺のスマホの番号。消える前に登録しとけよ」
 相手の言葉にしたがって大人しく手を広げて見せれば、ジャックの肉厚な掌にレオナはすらすらと流麗な筆致で数字を書き込んだ。掌の皺を伝ってじわりとインクが滲む。今にも擦れて判別しづらくなりそうな文字に、げっとジャックは声をあげた。その声を聞いたレオナは、心底楽しげに笑う。
 その声につられて寄ってきたラギーは、ジャックが広げた掌に書かれた数字を見てすべてを察した。
 そして彼もまたマジカルペンを取り出せば、ジャックのもう一方の掌に同じように番号を書き込む。両手ともに数字で塞がれたジャックはげえと再び声を上げ――一拍おいて彼らは同時に笑い出した。
「これどうやって俺スマホに登録すりゃいいんですか!」
「確かにどっちか使ったらそっちの番号消えそうッスね~」
「分かってて書き込んだんですか、ラギー先輩!」
 馬鹿騒ぎする後輩達に、レオナは肩を震わせる。くっくっと体を揺らしながら、彼はそのままゆっくりと視線を二人へと投げて口元をいつものように皮肉げな形に吊り上げた。
「まあ、俺がいなくなっても頑張れよお前ら」


 そうしてレオナ・キングスカラーは笑いながらナイトレイブンカレッジを卒業し、そのまま消息を断った。

 レオナがジャックに教えた番号はけして嘘ではなかったが、それは二度と彼に繋がることはなかった。

△▽△▽

 サマーホリデー明けの寮室にて、ジャックが家に持ち帰っていたサボテンを並べ直しているところに、その知らせは文字通り飛び込んできた。
「ジャックくん! レオナさんがっ」
「あ、お久しぶりですラギー先輩。……レオナ先輩が、どうかしたんですか?」
 鉢植えの位置を調整しようと持ち上げながら視線だけラギーに投げたジャックは、わずかに青ざめた顔の相手にぱちりと瞬きを落とす。しかしそんな表情も、ラギーの次の言葉で一気に霧散した。
「レオナさんが、いなくなったって……!」
 その言葉を聞いた時の衝撃は、持っていたサボテンを落とさなかったのは奇跡だったと後から思い出しては何度も思うほどだった。
 普段ハードな練習にも飄々とした調子のハイエナが肩で息をしているのを見下ろしながら、ジャックは鉢植えを机の上にゆっくりと下ろす。自分の体の感覚が奇妙に分離しているようだった。
「いなくなった、って……どういう」
「文字通りの意味ッス。卒業してから、ほんとならそのまま王宮に戻る筈だったし、実際闇の鏡が夕焼けの草原にレオナさんを運んだのは確からしいんスけど」
 鏡を抜けた後の、レオナの足取りが魔法のようにわからなくなったらしいのだとラギーは言葉を続ける。
 魔法のような、ではなく実際に魔法を使ったのだろうなと話を聞きながらジャックは思った。おそらくはレオナの優秀さを知る全員がそう思っただろう。
「……事件に巻き込まれた可能性は?」
「王族だからその線も視野には入ってるらしいけど……一度レオナさんから直接連絡があって、だいぶ低くなったって話」
 はあ、とラギーがため息をつく。
 連絡、と聞いてはたとジャックは尻ポケットに差し込んだままだったスマホを取り出した。休暇中何度も眺めた番号を連絡帳から呼び出して、そのままの勢いで通話ボタンをタップする。
 サマーホリデー中どうしても勇気が出ず押せなかったソレは、しかしレオナを呼び出すことはなかった。
 無情な言葉を吐き出す無機質な音声を聞きながら、ラギーが頭を振った。
「使えなくなってんでしょ? 王宮も連絡つかねーって言ってたし、オレもそうッス」
「ああ、じゃあ前までは本当に」
「レオナさんの番号で間違いなかったッスよ。解約したらしいッスね、学園出た直後に」
 ひらひらとラギーは両手を振る。随分と詳しいと思えば、学園で親しくしているらしいから、と呼び出され、休暇中ずっと話を聞かれていたらしい。それは気疲れしただろうな、とジャックが同情を示せばホントッスとラギーは歯軋りをしてみせた。
「こっちは長期休暇だからバイト入れまくってたのに、全部キャンセル! 信頼は金じゃ買えないのに!」
 謝礼はもらえたからプラマイゼロっすけど、とブツブツ呟くハイエナに、ジャックは苦笑し、そしてぐっと眉根に皺を寄せた。
 卒業式の後に声をかけた際の会話を思い出し、そういえば進路を教えてくれるとは言わなかったなと気付く。
 あの時それに気付いていれば、何かが変わっただろうか?
 気付けなかったという事が全てだというのに、ついそんな事を考えてしまうのは、現実逃避かもしれない。
 もっと建設的な事に頭を使わなければ、と顔を上げたジャックは、そこでピシリと動きを止める。
「……ジャックくん?」
 不自然に固まったジャックに、ラギーが訝しげに声をかけた。それが聞こえているのかいないのか、ぶるぶるとスマホを握ったままの手が震え、そしてジャックは小さく吠えた。
「このままだと、俺、レオナ先輩にフラれちまう……!」